「Maxとき」「Maxたにがわ」の愛称で知られる上越新幹線の2階建て車両「E4系」が1日に定期運行を終えた。20年間、新潟―東京間を往復し、多くの乗客や沿線住民に愛されたE4系。運行などに携わった乗務員らも万感の思いでラストランの日を迎えた。
「新人の頃からお世話になった車両なので、さみしいですね」。運転士の戸嶋始さん(45)は、ラストランまで1週間に迫った9月24日、新潟市東区の新潟新幹線車両センターで報道陣のインタビューに心境を吐露した。
新潟県内の専門学校を卒業後、JR東日本に入社。初任地の燕三条駅で毎日行き交う新幹線を見て、新幹線の運転士の仕事に憧れを抱くようになった。
信越線や羽越線などの運転士として約9年間勤務し、4年前に念願がかなって新幹線の運転士になった。その際の試験で乗務したのがE4系だった。
E4系は「車体が大きい分、加速がちょっと苦手。他の車両とブレーキの加減も違う」。正確な位置に止めるため、先輩運転士が運転するE4系に何度も乗って、ブレーキをかけるタイミングを学んだ。8両と16両の編成の違いでもブレーキのかかり方が変わるため、「ほかの車両よりも癖があり、腕がいる車両」という。
E4系の特徴といえば、1634人(16両編成)と高速鉄道で世界最大を誇る定員数。お盆や年末年始の東京駅のホームで、あふれんばかりの乗客が列をつくって乗車を待っている姿を見て、戸嶋さんは「こんなにもたくさんの人たちを乗せて走るんだ」と、使命と責任を感じた。
新型コロナウイルスの影響でその光景は見られなくなったが、E4系とともに多くの人を新潟に運んだ記憶として胸に刻まれている。
2階建て新幹線の運転席から見る景色は格別と思いきや、「1階建てと2階建ての運転席の高さはそんなに変わらない」と戸嶋さん。「むしろ2階の客席の方が景色がよく見える。だからE4系は多くの人に愛されたのかもしれません」
約6年間、車掌としてE4系に乗務してきた伊藤雅之さん(44)は「E4系がお客さまの記憶にいつまでも残るよう、最後の最後まで思い出づくりのお手伝いをしたい」と語る。
2015年11月に新幹線の車掌となった。入社と同時期にE4系が運行を開始したこともあり、「新幹線といえば2階建て」と思い入れは強い。
乗務で特に気を配ったのが温度だった。夏は1階、冬は2階の温度が高くなりやすく、季節に合わせて空調の設定温度を細かく調整している。
ラストランが近づき、車掌が乗客の子供たちから「Maxがなくなって寂しい」「泣いちゃいそう」などと書いた手紙をもらうこともある。それを社内に掲示し、社員みんなで、E4系が多くの人に愛された歴史をしみじみと振り返った。
October 02, 2021 at 12:29PM
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引退のE4系「腕のいる車両」「空調に気配り」…乗務員らも万感の思い - 読売新聞オンライン
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